我が追憶のアイドル「セイントフォー」「岡田有希子」

私の家は歌大好き一家だった。

父は昭和30年代にロックをやった「おませな」元バンドマン、理容師の母も歌が好き。テレビは年がら年中歌番組。夜には父が自慢のステレオ大音量でジャズや演歌、歌謡曲のレコードをかける…そんな家庭に育った私は、人間誰もが歌が好きだと20代中盤まで思っていた(笑)。

2歳の時に歌った「あらいぐまラスカル」の主題歌のカセットが残っている。2歳の割に不思議に音程が取れていて面白い記録遺産である。

父の通うスナックでステージに初めて立ったのは3~4歳、「くちなしの花」…簡単だろうと父に仕込まれた。近所にあった「スナックあるる」子供もターゲットにしていたスナックで、広い店内でステージに上がれば大歓声でいい気分。美味しいグラタン、ちびっこ向けのプレゼントを貰うのが楽しみだったな…。保育園卒園前のお楽しみ会では舞台に一人立ち、アカペラで「みちのく一人旅」を歌った記憶も…。要するに「ステージ慣れしている、歌謡曲に少し目の肥えたちびっ子w」だった。…変な子(笑)

小学3年生の頃、アイドルは聖子・明菜の2大巨頭、勢いのある小泉今日子辺りがトップかな。その頃デビューし、好きになったアイドルが1人と一組いた。

一人は聖子ちゃんを踏襲した美形の正統派。歌も上手だけど、何もかもがぎこちない…けれど笑った時のインパクトが強烈だった「岡田有希子」。

もう一組は…5歳上の姉が熱烈に応援していたジャニーズ少年隊と同じような踊りをやってのけてしまう女の子集団「セイントフォー」。絶えず止まらず激しい体操をしながら激しい歌を歌いのける4人組に私は夢中になった。その中でも私が好きだったのは歌い始めから左右に入れ替わる2人。その特徴あるステップに夢中になって学校で気の合う友達とよく真似をしていた。

4年生になり…秋…いつの頃からだったか…セイントフォーは急激にテレビに出なくなった。あんなに沢山出ていたのに…とても寂しい気持ちだったが…ユッコは健在だったこともあり、歌番組自体は変わらず楽しく見ていた。「禁じられたマリコ」(だったっけ?)も意味がよく分からないながらも見たいとせがみよく見ていたのだが…

その年の暮れ頃からユッコの顔貌が急激に変わっていったのを今でも鮮明に覚えている。やけに浮腫み、おかしな髪のセット、引きつる笑顔…。「ユッコ最近可愛くない、どうしたんだろ、」姉や親に何度も聞いた。

その答えは数か月後、5年生になったばかりの春の日に訪れた。

学校を終え家に帰ってくると、母が玄関先まで飛び出してきた。「〇〇!有希子ちゃんが死んじゃったよ…!」

テレビを見るとサンミュージックの前、空撮、何故か水を撒いている人…テレビのスーパーに「岡田有希子さん自殺!!」の文字。少年はテレビを前に立ち尽くすしかなかった。

その頃のゴシップ紙はあまりに単刀直入…数日後、高校生の姉は、弟の心を弄びたかったのだろうか…「買って来たよ〇〇、これ見てみ」忘れもしない【エンマ】という雑誌だった。…もう、死を受け入れるしかなかった。以後ユッコは「恋のエチュード」という名の、彼女の一番寂しげな曲と共に、私の追憶の人となった。

 

一方、

実際には、この頃はまだ、セイントフォーは頑張っていた。

しかし、テレビでしかその動向を追えない少年にとってのセイントフォーは、悲しい事に、すでに記憶の底へと消えてしまっていた。

「私の応援するアイドルは…いなくなる」

と強く思うようになった私は、アイドルを毛嫌いする人種に変わっていった。音楽の嗜好も思春期に向け、BOOWY浜田麻里、その他洋楽の、ロック一辺倒に変わっていった。

ーーー

時は30年とちょっと過ぎ、平成30年5月31日。この頃は日付を跨がず床に入ることも多くなっていた私は、ネットで拾った読み物が面白くて読み耽っており、珍しく夜更かしをしていた。

読み物が終わり、何の気なしにつけたテレビはテレビ朝日

「♪不思議~TOKYO~シンデ~レラ~♪」

 

びくっ( ゚Д゚)

 

緑の鉢巻きをした女性を見て、「んんん…?」

頭の中が混乱した。「えーと…私はこの人たちを知っているような…」

 

程なく記憶の底から湧き上がる

セイントフォーだ…」想起するに十分なパフォーマンスを見せる3人組を、私は食い入るように見つめていた。記憶が沸騰した。

 

 

【再会の印象を正直に】

ピンクの人…しんどそうだな…股関節の周囲筋が弱い?痛めている?のだろうか…不用意に膝が開き足がバタつく。左腕も上がらないみたい…怪我しないで…

青の人…恥ずかしそう…踊りが小さく逆に目立ってしまっている…

緑の人…一番仕上げている。なんて楽しそうに歌い踊っているんだろう。再結成を自身が一番喜んでいるかの様な姿に心惹かれた。

挨拶を当時好きだった2人のうちの1人、緑の沙織さんのSNSに残すことにした。眼鏡の人がいないな…でも3人揃えば御の字でしょう。

 

ダンスのクオリティーに顕著な差が見られ、難易度をもう少し落とすか、特にのり子さんは怪我が怖いので歌のみに専念した方が良いと思った。

しかし…この先私は彼女たちの本気を肌で感じる事となる。

2回目の遭遇(6/28フォンデュ ファイアー)でのり子さん、幸恵さんが大幅にダンスのクオリティーを上げ、沙織さんに追い付いてきた。所々で見せるシンクロは鳥肌もので、もはや先月と別人、すでに同窓会の域を超えていた。その姿に「また、この人たちを応援したい」と、心から思った。

 

 

…と、これが、

ちょっとした自己紹介と、「元アイドル」から「ロックユニット」へと昇華したセイントフォーを現在応援している経緯にございます。

 

その後も3人はライブの度にクオリティーを上げ、嬉しい事にまだまだ伸びしろというか…回帰というか…そういったものがある様な印象を受けます。今後も目が離せません。「今」のセイントフォーが大好きです。

 

次回以降は、セイントフォーの個人評と私なりの推しポイント、好きな歌のランキングなどやりながら、12月29日に控える吉祥寺のライブに備えて行きたいと思います。